2007年5月1日火曜日
口下手じゃけぇ、長内孝
日刊ゲンダイの伝統企画「あの人は今」に、元・広島カープの長内孝氏(桐蔭学園高)が登場していた。思い出すのは、その温和そうな表情と裏腹に、鋭い打球を放つスラッガーだったということ。93年に現役を引退、05年に広島のコーチを退いた後は、広島市西区に焼鳥屋「野球鳥おさない」を開いている。でも、まだまだ接客には慣れていない様子。客が店を訪れたときの「いらっしゃい」という声も、どこか遠慮がち。------------------------------------------------------日刊ゲンダイの記者がそのことを訊ねると、「口下手じゃけぇ」、そんな言葉が返ってきた。「もともと口下手じゃけぇ、家族からも大丈夫かいな?と心配されました。お客さんにうまいこといえんし、自分でもどうなるんじゃろうなぁってとこがあった。でも稼がにゃいけんけぇ」。どこか心もとない、自信なさげな物言い。実はプロの世界に入ったころも、自信をもてない日々が続いた。とにかく球の速さに驚いた。まるでボールがバットに当たらないのだ。山本浩二(広島商高-法政大)には、「スイングがぶち遅いのぉ、ハエが止まりよる」と、ボロクソに言われたこともある。コーチからは、1日に1000スイングを命じられた。「言われたことを守りんさい」と。その言葉を信じ、長内氏は黙々とバットを振り続けた。-------------------------------------------------------スタメンに定着したのは、入団から8年が経過した83年、加藤英司(PL学園高-松下電器)の病気欠場がきっかけだった。が、それもつかの間、直後にルーキー・小早川毅彦(PL学園高-法政大)が台頭し、再びスタメンを外れる悲哀を経験、「代打屋」に活躍の場を求めた時期もあった。そして、91年。銚子利夫(市立銚子高-法政大)とのトレードにより、大洋(現・横浜に移籍した。もっと活躍できる素材だったかもしれない。「未完の大器」とも言われたが、未完のままに現役を終えた感もある。長内さん、最後に日刊ゲンダイの記者氏に「まだまだ新しい仕事には慣れていないけど、息子が高校時代に焼き鳥屋でアルバイトしとって、この世界では先輩になる。頼りにしとります」といって微笑んだそうだ。