2007年2月28日水曜日

野球の話

お久しぶりです。この数日間、ちょいと仕事でバタバタして
おりました。

さて。
先ほど「ニュース・ZERO」(日本テレビ系)を見ていた。
レギュラー出演している長嶋一茂氏が、今日の特集「うつ病」
を取り上げた際に自らの「うつ病(パニック障害)」の経験を
語り、回避するためには「勇気をもって休むこと」とカメラ
目線で力強く語っていた。

そうかぁ。
オヤジさんが偉大過ぎたがために、かかるプレッシャーは相当
だったろう。精神的に疲れるのもわかる。いまネットで調べたら、
パニック障害で、現役選手の頃にもバッターボックスに立てない
ことがあったそうだ。

これまで、なんで報道番組に一茂氏が出ているのかわからなかった
けど、今日はじめて氏の存在感を感じた。
(フジTV系の「NEWS JAPAN」のミノワさんは、いまだ
に何のためにいるのかわからないけどわからん

ま、わが家の場合。
わが息子はオヤジに対して同種のプレッシャーは全くないだろ。
そういう意味で、わが家は精神的には安泰だうっしっし

で、長嶋一茂氏。
立教高(現・立教新座高)-立教大。(プロ入団以降は省略)

83年夏。高校3年のとき、埼玉県大会準決勝まで勝ち進むが、
その大会で優勝した所沢商高に敗れ、甲子園出場の夢を絶たれた。

そして大学時代。
立教大4年のときは主将、かつ4番打者をつとめた。また、春と秋の
シーズンに、東京6大学のベストナインも獲得。父・茂雄氏の8本塁打
を抜く11本塁打を神宮で放った。

ボクは一茂氏の立教時代の姿を、神宮で見たことがある。
三塁を守っている姿は、いかにも身体が固そうに見えた。特にヒザが
固そうで、常に腰が高い姿勢だったように記憶している。

長嶋一茂氏といえば、思い出すのは高校・大学時代を一年遅れで氏ととも
に過ごし、日本ハムに入団した矢作公一氏(浦和リトル-立教高-立教大)。
中田亮二(明徳義塾大-亜細亜大)に似ているというか、元・近鉄の
佐野重樹投手(松山商高-近畿大工学部)に似ているというか。

矢作氏、いまは埼玉で「お好み焼きレストラン」を経営しているそうだ。

2007年2月25日日曜日

サッカー

Torneo Apertura 2007

第5節(2/24 アリアンサ・リマ(リマ))

Alianza Lima 2-1 Cienciano

得点者 フニオル・ビサ(16分)A

    フリオ・ガルシア(25分)C

    フラビオ・マエストリ(49分)A

黒星(>_<)

http://www.peru.com/Futbol/AutoNoticias/FutbolPortada/2007/02/24/DetalleNoticia86091.asp

2007年2月22日木曜日

松坂世代の代表格、和田毅

この21日、26歳の誕生日を迎えたソフトバンク・和田毅。
紅白戦に登板、松田宣浩(中京高-亜細亜大)にホームランを
許したものの2回で5三振を奪う力投。

下半身主導で投げる理想のフォームを目指し、このキャンプでは
股関節の運動やランニングなどで下半身を鍛えてきた。その効果
もあって、ブルペンで多くの球数を投げても肩や肘が疲れにくい
と手ごたえを感じているよう。
           (ソフトバンク・キャンプ・リポート)

和田毅
浜田高-早稲田大-ホークス。

「球の出どころが打者から見えずらい」投手。でも、それは意図し
てやったことではない。子供の頃から無意識のうちにヒジから先が
遅れて出てくる投げかたをしていた。まわりの人に指摘され、打者
から見ずらいフォームであることに初めて気づいた。

さらに、大学時代。
背の低さをカバーするために、ポーンと跳ねるようにステップ。
それが打者に、より近い位置でボールを離す「球持ちの長さ」につな
がった。

いまや『松坂世代』の代表格となった和田。
だが高校時代、間近かで松坂大輔を見て「バケモノだ!」と思った。
それは98年夏の甲子園。

準々決勝の第1試合。松坂のいる横浜高と、田中一徳(元・横浜)
がいたPL学園高が延長17回の死闘を繰り広げた同じ日。
第3試合に、和田の浜田高と古木克明(現・横浜)のいる豊田大谷高
との対戦カードが組まれていた。

延長に入り、なかなか終わらない第1試合を、和田は球場通路から観戦
していた。ゲームは延長15回、松坂の投球数は200球を超えていた。
しかし、いざマウンドに立つといきなり143kmの速球を放った松坂。
それを見て和田が呟いたのが先の言葉。「バケモノだ...」。

当時の和田、時を経て『松坂世代』の代表格になるなんて思いもしな
かった。球速は130km前後、スピードという点では「どこにでも
いる投手のひとりに過ぎなかった。でも、ボールの出てくるところが
見えずらいため、なぜか打者を抑えてしまう不思議な投手だった。

そして早稲田大時代。
球威を増すためにフォームを改造。そして走りこみやトレーニングを積む
ことで、大学1年の秋季リーグでは、いきなり141kmを計測するまで
になった。

結果、江川卓氏のもつ持つ奪三振記録(東京6大学)443個を更新。
476個の記録を打ちたてた。

        (参考:『松坂世代』矢崎良一著・河出書房新社刊)

2007年2月21日水曜日

野球の事

-最速148キロで2回無失点 増渕、上々の実戦初登板-

ボクの地元・埼玉が生んだ「大器」、増渕竜義投手(鷲宮高)。
韓国プロ野球のSKとの練習試合で登板。最速148kmの速球
で、2回を2安打無失点に抑え、その才能の片りんをのぞかせた。
                    (Sports Navi) 

昨日の日刊ゲンダイでも、増渕のことが記事になっていた。
ブルペンで投球する増渕を見て、ヤクルト・古田敦也監督
(川西明峰高-立命館大-トヨタ自動車)や八重樫幸雄コーチ
(仙台商高)は、「さすがだ、器が違う!」とクチを揃えて
いたという。

あわせて、評論家の山崎裕之氏(埼玉・上尾高-ロッテ-西武)
のコメントも併記されていた。
「昨夏の埼玉県大会で増渕を見た。当時は下半身が安定せず、
上半身のチカラだけで投げていた。でもこのキャンプで見た増渕
は身体が絞られており、安定している」。



増渕竜義
なんてったって、武器はスリークオーターから右打者の外角へ
投げる140キロ台後半の直球。そしてスライダーとフォーク。
昨秋の高校生ドラフト、1巡目でヤクルトから指名を受けた。
鷲宮高の先輩に楽天・西谷尚徳(明治大)がいる。

※西谷のブログ「ひとりでできるもん!」こちら
わけのわからないタイトルだけど、競争の激しい明治大に
あって、1年生時から二塁手のポジションを奪取していたよう
に記憶する。


増渕の高校時代。といっても昨年のことだが。
春は埼玉県大会で優勝。甲子園に夢をつないだかに見えたが、
夏は県大会決勝で敗れ、もう一歩のところで甲子園を逃して
いる。

ボクはこの一年、増渕の投げるゲームを数多く観戦した。
忘れられない出来事だったのは、たしか春の県大会のある試合。

この日、なかなか制球が定まらない増渕。
そんな自分自身にイライラしたのか、マウンドに仁王立ちしたまま、
突然に「行くぞぉーっ」と吠え、気合いを入れ直していたこと。
なかなか高校野球で見られないシーン。プロ野球のスカウトたちの
多くがネット裏に陣取る中で、だれにも遠慮のない堂々とした姿勢
に、彼の「大器」ぶりを感じることができた。

県内で一緒に切磋琢磨したのは、埼玉栄高エースだった木村文和
同じく昨秋のドラフトで、増渕のハズレ1位で西武に入団した。

だが昨夏、甲子園のマウンドに立てたのは、この木村でもなく、
浦和学院高の2年生だった赤坂和幸。県予選ではエースナンバーを
つけていたわけではなかったが、今年のドラフト候補の一人として
挙げられる選手になっている。

たぶん今年の埼玉高校野球、この赤坂を中心に回っていくのだろう。

2007年2月20日火曜日

サッカー

どうやら今年のシーズン終了をもって、プロ野球界から
「バファローズ」という名は消えるらしい。

30年以上にわたり「近鉄バファローズ」のファンだった。
勝手なことを言わせてもらえれば、ボクのこれまでの半生
の大半はバファローズとともにあった。

でも、何の感慨もない。感傷的になる気もサラサラない。
すでに近鉄という球団が消滅し、他の球団が事情により
バファローズを仮称としてつけていただけなのだから、
当然なことかもしれない。

簡単に「ボクとバファローズ」を振り返る。

■小学生低学年のころ■
岩手生まれの岩手育ちのボクが突然、バファローズファンに
なった。理由は他愛もないこと(ここでは省略)。

以降、ラジオで大阪の放送局が発信する「バファローズナイ
ター」を、岩手で聞いていた。実況アナの声より「ザッー」
というノイズの音のほうが大きかった。試合内容が断片的に
しかわからなかった。でもラジオを聴き続けた。

当時の近鉄にはすごい選手が結構いた。でも勝てなかった。
次第に勝てないことで落ち着ける自分がいた。天邪鬼な性格
はこの頃に芽生えたのかもしれない。

永淵、土井(正博)、伊勢、安井、清、神部、佐々木(宏)などがいた。

■中学生・高校生のころ■
いきなり、阪急の監督だった西本幸雄氏が近鉄の監督に就任。
弱かったバファローズが、阪急と優勝争いを何度か演じるよう
になる。「天王山。阪急-近鉄、西宮3連戦」なんてフレーズ
がよく新聞で飛び交うようになる。

■浪人のころ■
バファローズ、パを初制覇。
マニエルおじさん、「弱冠二十歳」という称号を冠した山口哲治
(智弁学園高)が活躍した。

そして「江夏の21球」。
スクイズを失敗した石渡にも腹が立ったが、その前に三振に倒れた
佐々木恭介に怒りを覚えた。たしか、その年の首位打者。もっと
何とかならなかったのかと。

■大学生のころ■
仲間と一緒に草野球チームを作った。名前は「金欠バッキャローズ」。
ユニフォームの胸には「Buffaloes」と同じ字体で「Buccaloes」と
入れた。チームはかなり弱かった。

西本さんがシーズン終了とともに勇退すると聞き、「ラスマエ」の
ゲームを観るため、深夜急行に乗って、初めて大阪という土地(藤井寺)
に行った。

就職活動。近鉄のグループ会社の面接を受ける。
「私は近鉄バファローズが好きです」というと、担当者は「私は嫌い
です」と即座に切り返された。はぁ・・・撃沈!

■1988年■
伝説の「10.19」は、川崎球場3塁側のベンチ裏で、声を嗄らして
2試合とも応援した。一年前まで、10年以上にわたり三塁コーチャー
だった仰木彬氏が、この年いきなり監督になってスゴイことをやってし
まい、ボクは一気に仰木さんのファンになった。

■1991年■
大阪支店に転勤になる。
最初の営業先は「近鉄球団」。何を話したか、まるで憶えていない。
名刺をもらえたことが、ただ嬉しかった。

大阪支店は大阪ビジネスパーク(OBP)の中にあり、ボクの勤務先は
15F。窓からは、森ノ宮にある日生球場の照明の灯りがはっきりと見
えた。残業もそこそこに球場に足を運んだ。

■2001年■
北川の代打・逆転・サヨナラ・満塁・本塁打でリーグ優勝を決める。
もしこのゲームで優勝が決まらない場合は、一日をおいて千葉マリン
のロッテ戦で決定する可能性があった。ボクはそのチケット(ネット裏)
をもっていたので、大阪で優勝が決まったことが嬉しくもあり、残念でも
あった。

■2004年■
バファローズの身売りだ、合併だ、1リーグ制だ、そんな話題が席巻し、
なにやら不穏な動きが出始める。どさくさにまぎれてホリエモンが登場。
「救世主」として歓迎するムキもあったが、ボクは興味をもてなかった。
決してホリエモンのその後を予見したとかじゃない。テレビのあるインタ
ビューで「もし買収したら、誰を監督にしますか?」と聞かれ、
「うーん、原さんかな」と応えたその一言で、このヒトは野球を知らない
し、興味もないんだなと思った。

ま、そんなこんなで近鉄は消滅した。
そして同じとき、ボクは必死で「バファローズ」という名も記憶から消滅
させようとしはじめた。

2007年2月15日木曜日

サッカー

中村紀洋の退団騒動、前川勝彦の逮捕事件。
そして、引退からすでに1年を経過したタフィ・ローズ
入団テストでチーム内に内紛の発生。

このところのオリックス、まるでいいことがない。

近鉄ファンだったボクとしても、騒動の元凶にいる3人が
すべて元近鉄の選手だったことに心境はちょいと複雑である。

夕刊フジによると、
チームの選手たちは、球団の清原和博への特別扱いだけでも
辟易しているのに、今度はローズ。この2人の組み合わせ、
想像するだけで「球団は何を考えているんだ?」とボヤいて
いるようだ。

それに追い討ちをかけるように、チーム内の「オリックス」
「旧近鉄」「外様」
の3派の内紛。所詮、寄せ集め所帯だから
なんて言葉で片付けられる話ではない。中村ノリ、清原、
そしてローズなど、名前と過去の実績にとらわれた補強を
繰り返す体質にこそ問題があるかもしれない。

そして、もうひとつ。
チームの「和」という観点からすると、「両刃の剣」的な存在
を敢えて招き入れることも拍車をかけている。

オーナーの思い入れの強い「1リーグ制」。
その夢が叶わないのであれば、どうせ野球=宣伝。
知名度の高い選手をかき集めて球団価値を上げることで、
あとは得意のリース(≒身売り)にしちゃいましょ。

なんては考えていないよね。

最近、迷走気味のオリックス。
起きる問題が偶然なのか必然なのかをつかみかね、
つい変な想像をしてしまう。

2007年2月13日火曜日

サッカー

昨秋のドラフト、オリックスに大・社ドラフト3巡目で指名され
入団した大引啓次。さっそく今日の紅白戦、二番・遊撃手で出場。
二塁打を放つ活躍もあったが、失策も1つ記録した。

「大学時代と違って追いついたと思っても抜けてしまう。はやく
慣れないと」
とは本人の弁。

大引啓次
身長178cm、体重78kg、右投右打、内野手。
浪速高-法政大。

浪速高時代。2年生の時、センバツで甲子園に出場している。
1回戦で福井商高を7-6、2回戦で徳島・小松島を破ったが
3回戦、この大会で大旋風を巻き起こした「21世紀枠」出場の
宜野座高に2-4で敗れた。

この大会の注目選手に、
東北高・高井雄平(2年・ヤクルト)、関西創価高・野間口貴彦
(3年・シダックス-読売)、真田裕貴(3年・姫路工高-読売)
らがいた。

そして法政大時代。
1年春から神宮に出場、歴代4位の121安打を記録した。
「難しいプレーを何気なくアウトにできる」堅実な守備をはじめ、
玄人好みの走攻守そろった選手。

プロでも十分に期待できる選手の一人なんだろう。
でも、オリックスに入団したことが吉なのか凶なのか?
そもそも阪神やロッテが狙っていたはずなのに、なぜかオリックス
が指名をした。

このオリックス、大引に似たタイプのニ遊間の選手が多い。
水口栄二(松山商高-早稲田大-近鉄)、阿部真宏(横浜高-法政大
-近鉄)、平野恵一(桐蔭学園高-東海大)、塩崎真(熊本工-
新日鉄広畑)、後藤光尊(秋田高-川崎製鉄千葉)、森山周
(報徳学園高-大阪産業大-ヤマハ)らがいる。


オリックスという球団、大引のライバルが多い。
そもそもオリックスに入団したことが失敗だった、などと
言われることのないよう祈りたい。

2007年2月12日月曜日

サッカー

CIENCIANO 情報

第2節

CIENCIANO3-0BOLOGNESI

勝ち点3獲得!

(合計6)

現在1位!

2007年2月10日土曜日

野球のこと

昨秋のドラフト、オリックスに大・社ドラフト3巡目で指名され
入団した大引啓次。さっそく今日の紅白戦、二番・遊撃手で出場。
二塁打を放つ活躍もあったが、失策も1つ記録した。

「大学時代と違って追いついたと思っても抜けてしまう。はやく
慣れないと」
とは本人の弁。

大引啓次
身長178cm、体重78kg、右投右打、内野手。
浪速高-法政大。

浪速高時代。2年生の時、センバツで甲子園に出場している。
1回戦で福井商高を7-6、2回戦で徳島・小松島を破ったが
3回戦、この大会で大旋風を巻き起こした「21世紀枠」出場の
宜野座高に2-4で敗れた。

この大会の注目選手に、
東北高・高井雄平(2年・ヤクルト)、関西創価高・野間口貴彦
(3年・シダックス-読売)、真田裕貴(3年・姫路工高-読売)
らがいた。

そして法政大時代。
1年春から神宮に出場、歴代4位の121安打を記録した。
「難しいプレーを何気なくアウトにできる」堅実な守備をはじめ、
玄人好みの走攻守そろった選手。

プロでも十分に期待できる選手の一人なんだろう。
でも、オリックスに入団したことが吉なのか凶なのか?
そもそも阪神やロッテが狙っていたはずなのに、なぜかオリックス
が指名をした。

このオリックス、大引に似たタイプのニ遊間の選手が多い。
水口栄二(松山商高-早稲田大-近鉄)、阿部真宏(横浜高-法政大
-近鉄)、平野恵一(桐蔭学園高-東海大)、塩崎真(熊本工-
新日鉄広畑)、後藤光尊(秋田高-川崎製鉄千葉)、森山周
(報徳学園高-大阪産業大-ヤマハ)らがいる。


オリックスという球団、大引のライバルが多い。
そもそもオリックスに入団したことが失敗だった、などと
言われることのないよう祈りたい。

2007年2月7日水曜日

グーグルアドセンス

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とのことです。

いつかはblogに張りたいですね。

2007年2月6日火曜日

blog開始!!

今日からblogを綴って行きたいと思います。
目標は2日に1回!!
ネットでの収入の情報も書いていこうと思っています。
よろしくおねがいします。