2007年6月11日月曜日
混戦制した田中浩康の一打
「いい加減にしろ~、仲良し倶楽部じゃねぇぞ~」6回裏、ヤクルトの攻撃は二死走者なし。次の打者は9番・石井一久(東京学館浦安高)。直前のイニング、リードしていた3点をあっという間に追いつかれたヤクルト。先発の石井に見切りをつけて、ここは代打が出てくるんだろう、ボクはそう思っていた。ところが、打席に立ったのは石井。その時、空席の目立つ三塁側スタンドに陣取った酔っ払いが叫んだのが、冒頭のヤジだった。結局その石井、三振に終わり直後にベンチに向けてバットを放り投げていた。あまり行儀がよくない。そして7回、ピンチを招いて降板する際も、ベンチに腰かけていた選手たちが遠慮がちに立ち上がり、石井を怖々と迎えていたように見えた。まるで「○○○の王様」のようだった。----------------------------------------------------今年初めてのプロ野球観戦、ヤクルトvs楽天。追いつ追われつのシーソーゲームは、細かいことは抜きにして見てて結構楽しめた。楽 天 000 003 110 =5 ヤクルト 000 030 22X =7 楽天に粘りが出てきたのはよくわかった。でも、中継ぎにもう少し安定感が出ればいいんだろうか。敗戦投手になったのは「危険球退場」した松本輝(熊本工高)。ちょいと、ついていなかった。そしてヤクルト。8回裏、決勝打を放ったのは田中浩康(尽誠学園高-早稲田大)。大学の一年先輩・青木宣親(日向高-早稲田大)が敬遠され、満塁となった後に入った打席だった。自分の前の打者が敬遠されるのは、気分いいわけがない。センターに抜ける強烈なライナーのヒット打ち、一塁をまわったところで、田中は軽く右手を上げガッツポーズを作ってみせた。田中浩康。尽誠学園高時代は98年夏・99年夏の2回甲子園に出場している。98年夏、2年生ながら背番号「4」をつけて出場した大会。一回戦は市立船橋高に12-3で圧勝、二回戦で久保康友(現・ロッテ)を擁する関大一高に3-4で敗れた。関係ないけど、久保がいる関大一高が次の三回戦で対戦したのは埼玉・滑川高。12-1で関大一高が大勝するが、滑川には背番号「2」をつけた捕手兼投手の久保田智之(現・阪神)がいた。この大会、優勝したのは言うまでもなく松坂大輔のいた横浜高。