2007年6月5日火曜日

「メリーちゃん」渡辺秀武

めちゃめちゃ久しぶりにこの名前に出会った。その名前は、渡辺秀武(静岡・富士高)。今日は神楽坂で痛飲して、いい加減酔っ払って電車に乗った。右手にはいつもの愛読紙「日刊ゲンダイ」。ほとんど眠い目をこすりながら、大好きな連載企画「松坂大輔物語」(第51回)を読んでいた。その記事中、いきなり渡辺秀武という名前が目に飛び込んできて、一気に目が覚めたおぉ~、なんと何と懐かしい名前だ!記事を要約するとこうだ。松坂大輔が横浜高2年生のころ、プロ野球のスカウトがしょっちゅうグラウンドにやってきては松坂を注目していた。直球の速さもさることながら、スライダーも切れている。でも、春頃にはそれ以外の球種がなかったのに、半年後カーブを自在に操る松坂を見て、そのスカウトは尋常じゃないセンスに驚嘆する。「プロの投手だって新しい球種をマスターするのに一年の時間を要するのに、この高校生は半年間で完全にマスターしている!」と。そのスカウトこそ、当時の広島カープ・関東地区担当だった渡辺秀武氏。------------------------------------------------------懐かしい名前だ。読売の黄金時代、ボクは近鉄ファンだったけど、セ・リーグは人並みに読売ファンだった。その当時、渡辺秀武氏は大車輪の活躍を見せていた。70年にはノーヒットノーランを達成し、堀内恒夫(甲府工高)や高橋一三(広島・北川工高)らとともに読売の躍進を牽引していた。でも、身体の大きさとは裏腹に「やさしい性格」だったため、当時の寮長・武宮敏明氏が渡辺に名づけたニックネームが「メリーちゃん」。wikipediaによると、「メリーちゃん」というニックネームがついたものの、当時は「通算与死球日本記録保持者」という一面もあったという。新記録を達成したのは対阪神戦、打者は吉竹春樹(九州産高)だった。試合前、与死球のタイ記録保持者だったが、「この試合で記録の更新(=新記録)を狙う」と公言し、その餌食になったのが吉竹。驚くことに、新記録を狙うためにわざと当てにいったこの試合、実は渡辺の引退試合だったらしい。自身の引退試合で、不名誉な「通算与死球」の新記録を狙うなんて尋常じゃない。が、「メリーちゃん」などと、本人にとって好ましくないニックネームを戴いた渡辺にとって、汚名返上のためにも自ら仕掛けた行為なんだろう。ボクは勝手にその心理を推測した。余談だけど、以降この記録を塗り替えたのは東尾修(箕島高)。こちらは「さもありなん」と容易に納得できる。